榑 松 三 郎 全仕事
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トップ 作成:2013/03/21 (木) 7:14:15 修正:2013/09/25 (水) 5:17:18P各詳細頁へ
第2次ヨーロッパ公演 1995年5月18日 大統領、以下国内のVIPを迎えてスロヴァーク・フィルハーモニーホールでの演奏会TVで全土に
◆1995年5月18日(木)第2次ヨーロッパ公演・スロヴァークホールにて◆
 指揮者レナルトと榑松(楽団長)とによる記者会見。スロヴァキアの全マスコミが集結した。
 このイヴェントが7年越しに実現したこと、来年度のスロヴァキア・フィルの来日公演に繋がったことなどが公表された。
 この演奏は、何社かの放送局によりスロヴァキア全土にTV放映される。
 大統領を始め各界のXIPが勢ぞろい、豪華なシャンデリアが光り輝くスロヴアーク・フィルハーモニーホールは、この国家行事を見聞きしようとする人々の熱気でムンムンとしている。
 冷房設備のないホールは、窓を明け、ドナウの川風が心地よい。外は、白夜この地は夜の10時過ぎにならないと暗くならない。
 コンサートは、初日5月15日と同じプログラム、アンコールに和田薫作曲「オーケストラのための民舞組曲」より 「囃子」が演奏された。
 マエストロは、この日は国中のVIPと報道関係者が集まっていた所為か、初日よりも興奮していたようである。
 凱旋将軍、一世一代の晴舞台である。今日の演奏は全国民の見守る中行われるからである。東洋の一小国のオーケストラをこんな形でコントロール出来るのだと、可成り心中思っていたのだろうと思う。恰幅のよい大統領夫妻が開演直前に国歌が流れる中、二階バルコニーに設けられた貴賓席に着席。
 大統領の警備担当の人々があちこちにいて、大統領の危機を回避するための注意が払われているようだ。二階席の最前列で写真撮影に居た私の後ろには撮影用の大型の照明器具が配置され、頭の上を高温の光が通過し、冷房設備のない全身が蒸し風呂に入る様で、ついに、コンピュータでコントロールされている大型カメラが動かなくなった。
 最後の演奏が終わった時、石造りの強固なホールが大げさでなく揺れたのではないかと思った。
 初日より凄かった。演奏が終わったと同時に会場は『ブラボー』の声で満ち溢れた。人々の声は地鳴りしているかのようだった。響きの良いホールは柏手と人々の称賛の声が駆けめぐった。
 大統領夫妻も柏手していた。観客全員が立ち上がっていた。正装した人々の群れが口々に叫んでいた。
  チェコ語は理解出来ないから何を言っているかわからなかったが、今日と言う至福に恵まれたことを喜んでいることは表情から読み取れた。
 鋼鉄の塊のような林英哲の小さいからだが、大きなマエストロ・レナルトの隣で一段と大きく見えた。アンコールは、レナルトと打楽器奏者が、赤、青の法被を着ての大熱演。
 コンサート終了後は、大統領夫妻を迎え200人分の山海の珍味、各種のワイン、カクテル、ジュース、ビールがテーブルに並び、ホールロビーのシャンデノアの輝きの中でレセプションが行われた。   宴たけなわ、沼尻氏の指揮で団員によるスロヴァキア民謡「TANCUJ,TANCUJ」の大合唱。
 祝宴は夜の更けるのも忘れて続いた。会場に居るマエストロもご家族も、VIPも聴衆も、演奏者たちも幸せそうに白夜の夜半にラインの涼風ののなか散って行った。私は、照明用ライトの熱気を全身に貯めてホテルに戻った。
スロヴァキア/オンドレイ・レナルト/林英哲/松下功/和田薫/スロヴァーク・フィルハーモニーホール/ライン河/囃子/スロヴァキア民謡